シンメは赤色。

しがないジャニオタのEveryday

古株の居場所がなくなったこと



Hey! Say! JUMPがデビューして10年が経ちました。

それは私がジャニオタになって10年経ったことも指します。


ちなみに、タイトルに「古株」とありますが、私は自分のことを永遠の新規だと思っています。(山田くんを探偵学園Qで知ってそこからJUMPのファンになったというありがちパターン)

内容の便宜上、古株を名乗らせて頂きましたのでご容赦ください...


11月上旬。


3大ドームが全滅という自分名義のありえなさを呪いながらも、有難いことに友人からチケットを譲ってもらえることになり、ホッとしたのも束の間。


ULTRA JUMPartyに当選していました。


巷に広がる「会員番号10万までしか当たらない」という都市伝説。さすが10周年と思わずにはいられませんでした。




実際に東京体育館に着くとJUMPコン特有の殺伐とした雰囲気に懐かしさを感じ(本当に主観によるものですごめんなさい)、自分がそれなりの年齢になったことを実感。



イベントが始まり過去の曲(EndlessDreamとか愛ingとかスク革とか)が披露された時の割れんばかりの歓声。そして統率の取れたペンライトの動き...十字を切るキレの良さの快感ったらない。


あの瞬間が最高に楽しくて。気持ちは2009年にいました。



しかし。

きっと目前に迫った3大ドームでも、この先のコンサートでも、こんな懐かしさと楽しさを感じる空間は二度とないと思ってしまったのです。


私はいつの間にかJUMPの「懐かしさ」に「楽しさ」を見出すようになっていたのです。


いつだって今のJUMPが最高だ、JUMPは最高を更新し続けてくれる、と思いながら友人にもそう言い続けていたのに。


そのことに気がついてしまった今、JUMPに対して得体のしれないやるせなさと申し訳なさみたいなものを感じています。



そして「懐かしさ」のあるコンサートはもう二度とないと思ったもう一つの原因は、あまりにも多くなりすぎたファン。


今回のイベントで会員番号10万までの人しか当たらないという都市伝説を耳にして安心した自分がいました。


なんていうか、自分のホームはそっちなんじゃないかって。

予感は的中しました。


伊野尾くんがオープニング映像でおいしいところを持っていった時に「おいしいな〜」って声がしたり、お馬鹿な発言連発するJUMPに「もう男子〜」みたいな目線を送る会場だったり。


慣れ親しんだ空気感がそこにあってとても落ち着いた。

これなんだと思いました。


ファンが増えないでほしいなんてガキみたいなことは言わない。

もっと色んな人達にJUMPの良いところを知ってほしいと思う。


紅白も嬉しいけど、5大ドームにも国立競技場にも立ってるJUMPが見たい。


そんなことはずっとずっと思っていたけれど、いざたくさんのHey! Say! JUMPを応援する人達と同じ空間にいた時に、私はいつの頃からか居心地の悪さを感じていたのかもしれません。


「若い子が増えたから」「自分がそれなりの年齢になったから」


そんな風に捉えていたけれど、問題は年齢じゃなくて、周りとの埋めようのない温度差だと思っています。


JUMPはきっと何も変わってない。

色んな経験をして進化したけれど根底にあるものはずっと同じなんだと、イベントに参加して感じたのも事実です。


変わったのは周りの環境。

変われなかったのは私です。


ただそれだけのことなのに、アイドルを応援するのに「居場所」なんて拠り所を求めている今の自分もめちゃくちゃかっこ悪い。


もはや担降りとか、そんなことを考える余裕すらない心境です。


これから私はどうなるんでしょうね。


支離滅裂な文章、失礼しました。








3/18 なうぇすと静岡


寝ようと思ったけどKIZUNA聴いてたら泣きそうになって目が冴えたからもう書く。帰りのバスなうだけど(現在15:19)


流星くんのことと、神山くんのことと、ジャニーズWESTのこと。
そして、主観と想像力のまとめだからレポなんていう大層なものでもありません。



友達3人(重岡くん担、流星くん担、淳太くん担)と入って重岡くん担と流星くん担の子が口を揃えて「流星くん調子悪かった」とは話してた。
※淳太くん担の子はずっと淳太くんを見てたから気づかなかった、とのこと。

2人がMCに入ってすぐに私の方見て「流星いない」って言った時の顔が忘れられない。


私も何だか現場に起こる雰囲気がいつもと違う気がしていて(とは言っても今まで入ったのは24コン12/24と12/25、2部、なうぇすと横浜くらい)なんていうか、戸惑っていた。客席は。少なくとも私は。

流星くんの歌割りでマイクが入ってないと感じるところがあったり、流星くんが煽ってるのに客席が全く気がつかなくて(マイクが入ってなかったのか、声が出てなかったのかも分からない)不完全燃焼な煽りになってしまったり。

でもそれってもう何が原因かは分からないから私はひたすらに「流星、煽り気づかなくてごめんね!」って申し訳なくなってた。



りゅかみは粉もんでたこ焼きを被る時にスタンバイをしていて。

その時に何してた、までは見えないけれど絡んでる場面があって、まだ流星くんが本調子じゃないって思っていない私はとにかくりゅかみが絡んだことに沸いたんだけど、その後の曲(大阪弁ら〜にんぐ)で神山くんが想像できないくらいのテンションで踊ったり、煽ったり、叫んだりしてて。

びっくりしたけど、神山くんが今テンション上がってるのかな、今こんな気持ちだ、って伝えたいのかな、って思ったらとにかく神山くんと一緒になって楽しんで全力でいたいって思ったから、神山くんくらいのテンションでフリして、声出して、応援して、ってなってたけど。

それでもホルモンでメインステージの1番上で急に1人で踊り出したり、明らかに神山くんから想像できない行動が多くてびっくりしたのは事実。冷静になって時間が経てば経つほど、その行動が何を意味していたのか考えてしまう。

神山くんはMCで「King of Chanceのトランペット、失敗したからその後の曲(大阪弁ら〜にんぐ)で挽回した!」って話してたけど、何かを必死でカバーしようとしているように見えた。

神山くんは、もしかしたらこんな風に色々考えられることも望んでないのかもしれないけど。

でも、人一倍気を遣って、周りを見る人だからこそ、あの行動には意味があったんじゃないかと考えてしまう。
考えてしまうし、あの場所で必死に頑張ってた神山くんって考えれば考えるほどかっこいい。

流星くんがかっこ悪い、なんて全く思ってなくて、多分だけど流星くんはこの公演のパフォーマンスは多分120%ではなくて。

その中でとにかくひと公演しっかりとやり切ってくれたそのことに感謝してる。

流星くんに甘いよって思われるかもしれないけど、そう思うくらい、流星くん頑張ってたし、そんな流星くんをカバーするために神山くんも頑張ってたと思う。



当たり前かもしれないけど、何が起こるか分からないコンサートっていう時間の中で当たり前にメンバーをカバーしていた(であろう)神山くんも、当たり前にひと公演を滞りなくやり切った流星くんもかっこいい。

すっごくかっこよかった。

りゅかみが♪we gotta get down からの1列になる所でぶつかったり、すっごくゾワゾワする場面もあったけど、とにかくかっこよかった。りゅかみ、かっこよかった。それに尽きる。



りゅかみりゅかみ言ってるけど、今回のコンサートでもWESTは明日から頑張ろう、全力で生きていきたいな、って思わせてくれたから私はもう満足です。

スタトロは3人の担当(重岡くん、流星くん、淳太くん)が来たし、ちゃっかり私は濵田くんと見つめ合う、という謎の交信をしていたし、小瀧くんはかわいいし、あきとくんに幸せにしてもらったし、言うことない!ジャニーズWEST好き!!!



今日も明日も神山くんが輝いていられますように。

気づいたら現在15:54
雪に願いを、でも聴きながらそろそろ寝る。

4年くらい前の私はJUMPに売れてほしかった

 

 

昨日のFNSを見て考えることがあったので残しておきたいと思った。

伊野尾さんにそっくりなギークさんがど真ん中で一人いたのを見た時、「これはなんだ」と思った。11時過ぎまで焦らされ待ち続けてからのこのフォーメーションはあまりにも心臓に悪かった。

でも、きっとこれはJUMPを取り巻く環境が確実に変わっていることをダイレクトにファンに伝えたのだと思う。

 

 

4年前、2012年くらいの私はJUMPにヤキモキしていた。もっともっと仕事がほしい、もっとテレビでJUMPが見たい。ずーっとそう思っていた。

 

当たり前にテレビでJUMPが見られない時だった。メンバー全員が揃っているのを見ることができたのはリリースがあった時の歌番組くらい。冠番組だったヤンヤンJUMPもいつの間にかやぶひか番組に戻っていたし、スクール革命だって結局は3人しかいない。どんなに今、2012年の裕翔さんを見たいと思ったってそれができるのは手元にあるDVDを見ることくらい。もっといろんな裕翔さんを見たかった、JUMPの活動以外の裕翔さんも見たかった。

 

なんて言ってるけど、正直この頃のJUMPの活動が思い出せない。冷め期だった。

とにかく仕事がほしい、テレビでJUMPを見たい、いろんな人にもっとJUMPはすごいってことに気づいてほしい、と思うばかりでJUMPを追うことに必死じゃなかった。

 

それでも新曲を聞いては当たり前に買い、コンサートに行けば毎回「ああ、やっぱりこの人達を応援していたい」と思っていたから、今だってJUMPを応援しているんだと思う。

 

それが徐々に変わったのが裕翔さんが確実に演技の仕事を増やして世間の目に止まるようになったことや2014年、その時のJUMPがやりたいことをふんだんに盛り込んだsmartっていうアルバムが最高によかったこと。いろんな要素があって「今のJUMPから目を離したくない、今のJUMPを見逃したら、一生後悔する。」と思い冷め期脱出。嵐のワクワク学校参加や24時間テレビパーソナリティ、単独カウントダウンライブと目まぐるしかった2015年が過ぎて今。

JUMPはたくさんの仕事をしている。最低でも週1回は冠番組でメンバーみんなが揃っている映像を見ることができる。

来年公開の映画の出演もバラエティー番組のレギュラーだってある。

 

どれも4年前の私が望んでいた現実で間違いないのに何かが違うと思ってしまう。矛盾してるのも贅沢なわがままを言ってるってことも分かってる。もし4年前の私が人気絶頂の嵐さんのファンに「テレビたくさん出てるけど、なんか違うんだよ」なんて言われたらテレビで見れるだけありがたいと思いなよ、と思ってしまうだろうし。

きっと取り巻く環境が変わっただけでJUMP本人は何も変わらないのに。数年前ではあまりにも考えられなかった状況に、ただただその状況に飲み込まれて振り落とされそうになる。

これから10周年だって20周年だって変わらず見届けたい。

でもそれって覚悟がいるんだな、そう思わずにはいられない。

 

もっともっとハッピーでピースフルな気持ちでJUMPを応援したい。

 

ジャニーズを応援してきた自分を振り返りたい。~小学生、前編~

タイトルだけ見たら「え、担降りでもするの?」と思われそうだけど、そういうことではなくて。


ただただHey! Say! JUMPを応援し続けたこの8年間、そして、それよりも前にジャニーズのジの字も知らない頃、お茶の間で「かっこいい人達」という認識で彼らを見ていた時間もまるっと、一度振り返ってみたくなった。それと、友達に振り返ることを勧められた。(こっちの理由の方が大きかったりする。)

というのも2015年は言わずもがな、JUMPが大きく羽ばたいた1年だったし、私自身の変化としては初めてJUMP以外のジャニーズにときめいた。そう、ジャニーズWESTに。どんなに嵐の曲で泣いても、NEWSのライブDVDを見ては「小山くん……やっぱりあなたかっこいいよ……」と天を仰いでも、ファンクラブに入ろうなんてことは一切頭になかった私が。
今では「WESTのコンサートに行きたい。いや、行くんだ、絶対に2016年はWESTと同じ空間に。」と意気込むほどジャニーズWESTにときめいている。

これはなかなかの事件で、8年間隣で私のおたくぶりを見てきた友達に「一旦JUMPにハマった頃から振り返ってよwww」と言われたので、今ここにまとめるに至っている。

どれだけ長くなるか分からないけれど覚えている限りヅラヅラーっと頑張りたい。
まずは小学生の頃から。



2005年
【初めてジャニーズのCDを買う】

この年、初めてジャニーズのCDを買った。青春アミーゴだった。もう、本当に亀梨さんも山Pも好きだった。当時は裕翔さんのことを母と共に「弟くん」と呼んでいたのも懐かしい。野ブタパワー注入とか懐かしいな…みんな見てたな…
100万枚大ヒットの波に乗って手にした初めてのジャニーズのCDは青春アミーゴでした。

これと同時期くらいにYa-Ya-yahの番組を見ながら「薮かっこいいー」とか思ってました。今では薮、だなんて恐れ多くて呼べません。薮様です。
Ya-Ya-yahの番組を見つつもこの人達がジャニーズJr.っていうことも知らなかった。まず、ジャニーズJr.にグループが存在するなんて考えもしなかった。

そんなこんなでYa-Ya-yahの番組見たり、時々ドラマで裕翔さんを見かけては「あ、弟くん出てる!」なんて言ったり、学校へ行こうを見て「三宅くんかっこいい」とか何とか言っていたら時は過ぎた。



2007年
【らぶそー大好き人間になる】

この年が振り返ってみたら思っていたよりすごかった。

まずは2月。Love so sweet発売。初めて嵐のCDを買った。今やらぶそー大好き人間。
「またらぶそーかよ」と言われても、そこにらぶそーがあれば泣けるくらいにらぶそーが好き。
当時、歯医者に行くまでの車のラジオから聴こえたらぶそーも、その日に相葉さんが「振り付けが志村けんさんっぽいんですよ!」と話した(曖昧)ミュージックステーションのらぶそーも、花男で流れるらぶそーもどれも大好きだった。
1日に3回もLove so sweetを聴ける!!と喜んだ当時の私は、両親から見たらなかなかクレイジーだっただろう。

そして、ここで嵐のCDを買ったことが後々ジャニヲタとして生きる自分につながるとは思いもせずに夏になる。



【山田涼介に衝撃を受ける】

探偵学園Qが連ドラ化された。スペシャルドラマで気に入っていたので連ドラもわくわくしながら録画した。
翌日録画したものを見て驚いた。


え、この世にこんな王子様存在するの。
小学5年生の私は驚いた。
そう、流役の山田涼介に。
ときめいたとかそんな類のものではなくて、本当に衝撃。
この世にこんな王子様がいるの。
それしか考えられなかった。
なんでスペシャルドラマの時は気づかなかったんだろう、今でも謎で謎で仕方ないけれど多分何かビビビっとくるものがあったんだろうな…

探偵学園Q入りの永遠の新規がここに誕生します。

テレビの前の歌番組を見ては「流かっこいい…」なんて思い続けた夏が過ぎ、気がつけばデビュー。

当時の私は
あ、弟くん(裕翔さん)いる、前に5人で歌ってたグループとは違うのかな…
薮と光も一緒なんだ、え、翔央と太陽は?

てな具合にジャニーズJr.がデビューする仕組みをよく理解できていなかった。
疑問を持ちつつもまた山田さんをたくさん見れる、っていう嬉しさの方が先行していたかな。

たくさん見れる喜びを感じながらも私がUltra Music Powerを手にしたのは2008年の夏頃だった。

小学生の頃のJUMPの応援の仕方で特徴的なのは「親にジャニーズを応援してること隠したがり」ここに尽きる。

青春アミーゴやらぶそーを買えたのはその背景に「大ヒット」という文字があったからであって、家庭にアイドルが好きな兄弟がいるわけでもないのにデビューしたてのジャニーズを応援すること、ましてやCDを買いたいなんてとても母親に言えなかった。(当時のおこづかい月500円、CDを買う時は要相談)

言えなかった理由がもうひとつある。それは「アイドルが好き」っていう感情をどう相手に伝えたら良いのか分からなかったから。

小学生が持ち合わせている好きの感情ってただ「かっこいいから好き!」とか単純なものだからこそ「アイドルを応援する好き」を大人(特に親)に伝えるのがとても難しかったと今になって思う。

「山田くんが好きって言ったらどう思われるのかな」とか色々考えてしまって(どこの恋バナ、しかし本人は本気で悩む)結局、この頃はデビューシングルも買えず…。

我ながら乙女!本当にこの頃の自分の行動、考えって幼かったと思うのと同時に、今の年齢になってまた新しいアイドルを応援したくなったとしたら、絶対にこんなもやもやないだろうな、とも思う。アイドルへの好きを現実で生きている部分とごちゃ混ぜにしてしまっている感じ。こんな甘酸っぱい時期もあったんだなーなんだか楽しかったなー。




長い…これ長すぎる…気づいたら2500字ってえげつない…

小学生前編にして一度終わりにします。